3年生での出来事とチック症発症 特別支援教育総合センターでのこと

⑤小学校 低学年編

3年生の担任の先生は特別支援教育コーディネーターを兼ねている先生で、発達障害にとても理解のある先生でした。たぶん特別支援教育コーディネーターをするにあたり、発達障害の知識を身につけてくれたんだと思います。特別支援教育コーディネーターは、保護者や関係機関に対する学校の窓口として、学校内の関係者や福祉・医療等の関係機関との連絡調整の役割を担う者として位置付けられます。詳しく説明しているWebサイトがありましたので、載せておきます。↓

多動を抑える薬を飲んでいても、授業中少し歩いてしまうイルカくんでしたが、薬を飲み始めてから3ヶ月ほどで安定してきて立ち歩く事は無くなりました。しかし3年生になり新たな行動をし始め、立ち歩かない代わりに、机の下にもぐってしまうようになりました。長い時は10分以上、一日に何度も机の下にもぐります。担任の先生はイルカくんが机の下から自ら出てくるまで待ってくれる方でした。もちろん声掛けもしてくれていました。お友達はイルカくんの行動を不思議に思い、「イルカくんどうしたの?」「何してるの?」などの声が出ていたそうですが、先生が上手な説明をしてくれたおかげで、『人それぞれ得意不得意があり、急に辛くなってしまう時がある』『隠れたい気持ちになってしまう子がいる』という事を話し、クラスの子達の理解を得られ、その後もお友達が離れていく事もなく、クラスみんなでイルカくんを見守っていてくれました。

ある日、授業の中でお友達の顔を描く時間があり、イルカくんもちゃんと描いていたようなのですが、途中で画用紙をぐちゃぐちゃに丸めだしたそうです。私は事前に「イルカくんの行動には必ず理由があります。まずは怒らずに理由を聞いてあげてください。」と先生に伝えていたので、先生はイルカくんのその行為を見た時に、瞬時に気づいてくれて、イルカくんに理由を聞いてくれました。イルカくんは、「先生が、完成したら後ろに貼るって言った。僕は絵が下手だから後ろに貼って笑われるのが嫌だった。」と答えたそうです。先生はイルカくんだけに聞こえる声で「貼らないから頑張って完成させてごらん」と伝えたそうで、イルカくんは絵を描き終える事が出来ました。描き終えてみると、みんなとあまり変わらないくらいの絵が描けたようで、結局イルカくんは貼る事に納得し、みんなと同じようにする事が出来ました。これは先生のファインプレーだったと思います。紙をくしゃくしゃにした時に怒られていればそれ以上絵を描く事はなかったと思います。また貼るのを嫌がっている時に、正論で返さず「貼らないであげる」というキーワードを使って描き終える事に成功させました。そして最後に、絵を褒め安心感まで与えてくれて、後ろに貼ることまで出来ました。なかなか出来る事ではありません。

その後も、机の下では窮屈だろうと、イルカくんの席を一番前の一番端の廊下側の席にし、机と教室の壁の間に電子ピアノを設置してくれて、もぐりやすいようにしてくれました。電子ピアノは高さがあるので出入りしやすく、居心地が良くて出てこなくなると思いきや、それが返って良かったのか、もぐっている時間がだんだん短くなり、10分以上が10分になり、7分が5分になり、5分が3分になり、冬休み明けからは全くもぐらなくても大丈夫になりました。もちろん家でも、「なるべくもぐらないように頑張ってごらん」とは伝えてはいましたが、しつこいのは逆効果なので、様子を見ながら声はかけていました。突拍子もない事をしたりするのですが、先生はイルカくんの扱いが本当に上手で、うまく乗り越える事が出来ました。この一年はイルカくんにとって大事な一年で、机の下にもぐる事を許してもらえていなかったら、不登校になっていた恐れもあります。また、お友達を納得させる事ができていなかったら、友達も「イルカくんは変な子」という印象に変わっていたかもしれません。ですが、イルカくんはいつも誰かに助けてもらいながら、そしてイルカくんが得意なことでお友達を助けてあげながら成長できた1年でした。

イルカくんが飲んでいる薬は、インチュニブという薬で注意欠如多動症に効果があると言われている薬です。イルカくんは薬を飲んでから多動は治まっていますが、注意欠如の方は大きな効果は感じられず、忘れ物や物を無くしてくる事は今も治まっていませんが、減ってきてはいます。自閉症スペクトラムには効果がないので、いまだに怒りのコントロールが出来ず反抗的な部分はそのままで、学校以外ではいつも怒っている事が多いです。特に私への当たりが強く横柄な態度なので、生まれた時から反抗期が続いている感じです。ですが、イルカくん本人もその態度や行動が本当は良くない事は分かっているんです。お友達にそれをしたら嫌われてしまう事も分かっています。ですので、自分の行動に落ち込んでしまう事もあるんです。損な性格というか、それこそが発達障害なのですが、本当に生きづらいだろうなとイルカくんを育てていて感じます。

学校では楽しい事も多く感情を抑えつつ頑張っていました。そのせいか、3年生の途中から、学校から帰って来てゆっくりしていると、微かに聞こえるくらいの音量で「んっんっんっんっんっ」と声がするようになりました。ずっと続きます。真横にいないと聞こえないくらいなので「なんか言ってる?」「それなに?」と聞いてしまった事もありました。もしかするともっと前から始まっていたかもしれません。始めのうちは、音が小さいので気づく事も少なく、いつの間にか治まっていたのですが、だんだん音が普通に聞こえるくらいになり、出てしまう時間も長くなっていきました。イルカくん本人もずっと気になっていたようで、「勝手に出てしまう。止めようとすると息苦しい。」と言うんです。なんだろうねと話しはしていましたが、テレビや動画を見ている時だけだったので、お互いそこまで気にしていませんでした。しかし、だんだん「うんち」だとか「ちんちん」など汚い言葉を、意味もなく連呼するようになりました。6歳下の弟にも良くないので何度も注意したり怒ったりしたのですが中々治らず、発達クリニックで相談したところ『チック症の音声チック』と言われました。イルカくんはアレルギー性鼻炎なので、いつも鼻をすすったり咳払いするので気づかなかったのですが、音声チックは勝手に声が出たり、咳払い、鼻すすり、 汚言症(おげんしょう)などがあるそうです。イルカくんの場合、鼻すすりや咳払いが音声チックから出るものなのか、アレルギー性鼻炎からくるものなのか、両方なのか分かりませんが、そこはたいして重要ではありませんでした。問題は、「んっんっんっんっ」という音と汚言症です。そこで私なりに色々調べたところ、本人には伝えない方が良いという意見がとても多く、またチック症に悩む本人の意見で、チック症と知らされてからの方がひどくなったという声もありました。また、「止めなさい」「辞めなさい」は逆効果で、余計なストレスになりひどくなるようですので、私はイルカくん本人には伝えず、汚い言葉は『お母さんの前だけならいいよ』『外や学校、弟の前では言わないでね』と約束してみる事にしました。もちろん下品な言葉で意味なく言ってはいけない事だという事も伝えました。イルカくんもそんなことは分かっています。言ってはいけない言葉だからこそ言ってしまう事が汚言症なのです。私の前で言えるだけで心の中がすっきりするそうで、約束を守ろうとはしてくれていますが、ポロっと弟の前でも言ってしまう事があります。そういったときは下の子と一緒に「お下品よ」と伝えています。正直正解がわからず将来に不安を感じながら育てていました。

夫はというと、いまだにイルカくんは発達障害じゃないと思っていて、躾で治る物と思っているので、とにかくすぐに怒ります。そんな状態なので、チック症の事は伝えられないでいました。夫は定時で帰ってきて寝るまでの5~6時間を自分の好きな事でしか時間を使えないので、毎日部屋でゲームの日々。幸い家族と関わる時間が少ないので、3年生の間はチック症に気づかれる事はありませんでした。しかし、夫と暮らしながらイルカくんを育てる難しさを感じ始めていました。離婚したとしてもイルカくんがいるので長い時間は働けないし、下の子もいるし、就職したばかりの上の子には心配かけたくないしと悩みながら、離婚がちらつくようになりました。

3年生では漢字を頑張ろうと約束していたので、毎日漢字の勉強をしました。約束は、2年生のお正月に、お年玉をあげるタイミングで約束してもらいました。3年生ではちょうどコロナが流行りだし、2ヶ月ほど学校自体がお休みになりタブレット授業になりました。時間に余裕もでき頑張った結果、やっと3年生の漢字に追いつき、2月の漢字検定で8級を合格する事が出来ました。それがうれしかったらしく、現在も漢字練習はほぼ毎日やっています。5分の日もあれば、お母さんと一緒だったらやると、休憩を挟みながら1時間近くやる時もあります。全てイルカくんの気分で時間は変わりますが、怒りながらやっても全く頭に入らないので、気持ちの切り替えの工夫をしながら、イルカくんの様子を見極めながら時間を決めています。

実はイルカくんは自閉症スペクトラム(ASD)からくる完璧主義なところがあり、「テストは100点取れなきゃ意味がない」と、1年生の時に本当にテストをやってくれない子でしたので、ある程度の学力をキープしてあげないといけませんでした。テストといっても学校でやる、ちょっとしたプリントテストのことです。点数が悪いと怒る、次やりたがらない、宿題やらない、勉強しない、でもテストで100点取りたいと言う、超めんどくさい子でした。先生から「テストはみんながどこまで分かっているか確認するために必要だから、先生のためにやってほしい」と言われ、やっとやってくれるようになりました。ですが点数次第で癇癪起こすので、お菓子で釣り、水遊びで釣り、なんとか勉強する時間を作りながら、80点以上なら天才と言い聞かせ100点じゃなくても癇癪起こさないように、呪文のように言い聞かせました。自分で学力をキープできないのに100点なんて取れませんし、「そろそろ勉強しよう」「宿題しよう」の声掛けで、スムーズにやってくれないのによく言うわと思っていました(>_<)

話しは戻りますが、授業中立ち歩かなくなったこと、机の下にもぐってしまうことは、3年生の初めての面談で聞きました。私は、普通クラスに居ても良いのか、特別学級に移動した方が良いのか、担任の先生に確認したところ、「特別支援教育総合センターという所で診断してもらうことによって、イルカくんに適したクラスを判断してくれる所があります。」と教えていただき、後日特別支援教育総合センターに行ってきました。確か学校で書類にサインし、後日送られてきた書類に予約日や行き方、マップが記載されていたと思います。特別支援教育総合センターには学校をお休みしてイルカくんと一緒に行きました。この部屋でお待ちくださいと言われ待っていると、イルカくんを迎えにきた職員の方が簡単な説明をしてくれて、色々な診断をするためイルカくんを別の部屋に連れて行きました。私はそのまま部屋で待っていると別の職員の方が来て、イルカくんの事を色々と教えてくださいと言うので、持って行った母子手帳を見ながら、聞かれた事に答えていきました。何週目で生まれたかとか、体重何gで生まれたか、いつ歩いたか等、事細かく話しました。その日のうちに診断結果が出て、詳しく診断結果を説明してくれました。そして、「イルカくんは通常のクラスで大丈夫です。しかし、生活に支障が出ている部分もあり、指導が必要かと思います。通級指導教室というところがあるので、通ってみませんか?」と言われました。通級指導教室とは、小中学校の一般の学級に在籍する軽度の障害がある子が、障害に応じた特別な指導を受ける場です。対象となる子は、通級指導教室が設置されている学校に通い、指導を受けます。小学校の通級指導教室の利用は保護者の同伴が必要です。

私は、下の子もいるので実家と相談しないといけない事、夫がまだ発達障害を受け入れられていないので通えないかもしれない事を伝えました。そこで職員の方が教えてくれたのですが、実は旦那さんが発達障害を受け入れられず、通級指導教室に通う事が出来ないお子様も多い事、旦那さんにお話ししてもOKがもらえず、旦那さんの意見よりもお子様の将来を優先して通われているご家庭も少なくない事を聞きました。我が家も夫には話しましたが、「ん”-」と嫌そうな顔をして終わってしまったので、夫抜きで通う事を決めました。しかし、通級指導教室に通うのは来年度の4年生の4月からと言われていたので、それまでは問題が大きくならないよう、配慮や手助けをしてもらいながらの学校生活を送っていました。イルカくんは3年生から発達障害に加えチック症まで抱えながらの生活になりましたが、3年生の間は、学校でチック症の声や汚言症も出ず、どうにか3年生を無事に過ごす事が出来ました。

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